前記の如く、ハーグ条約の目的は一応是認できるとしても、具体的な事案によっては、返還命令による返還が「子の最善の利益」と言えない結果となりうるので、監護権(親権)の問題を一切考慮しないハーグ条約の欠点を補うために、当事者の話し合いにより、当事者のあらゆる問題を同時に友好的に解決するために国際家事調停が有用であることについては既述のとおりであるが(拙稿「ハーグ条約の批准と国際家事調停の重要性」The Lawyers 2011年8月号)、かかる国際家事調停による友好的な解決を返還訴訟手続の前、その手続中、返還裁判の後、執行手続中のいずれの時点においても根気強く試みるのが望ましいと思われる。
ハーグ条約は7条Cで中央当局の任務として「子の任意の返還を確保し、又は問題の友好的な解決をもたらすこと」と明文で定めている。これはハーグ条約の返還命令はやむを得ない場合には発動されざるを得ないとしても、「友好的解決」により親と子に関する一切の事項(監護権=親権、養育費、面会交流、慰謝料、財産分与等)を当事者の協議により解決し、返還する場合にも「任意の返還」を促すことが望ましいことをハーグ条約自体が認めていると解することができる。
また、面会交流に関しても、ハーグ条約は21条において、その重要性を強調し、中央当局が7条の義務の履行に際し、面会交流を確保するため、直接又は代理機関を通じて、法的手続を開始し、又はそのための援助を与えることができると定めている。
以上から、日本がハーグ条約の実施法を策定する際には、中央当局の下に国際家事調停機関を設け、連れ去り問題に関連する家事問題に関しては正式な返還命令を申し立てる前から執行手続中のいずれの時点においても、国際家事調停機関で「友好的な解決」と「任意の返還」に向けた話し合いを試みることが望ましいと思われる。そうすることにより返還訴訟中の円満解決が増加し、執行をめぐる困難な事態も少なくなると思われる。後に返還命令という裁判所の命令が控えていることにより、当事者はより真剣に協議による友好的解決を目指すからである。
なお、面会交流はハーグ条約の批准と関係なく現在も将来も重要な問題であるので、返還命令とは別に、何時でも、誰からでも国際家事調停機関に支援を要請しうるものとし、調停機関に国際面会交流センターの役割も期待することとするのが望ましい。子の所在調査も関係諸官庁、機関の協力を得て、中央当局の下にある常設の国際家事調停機関の任務とすれば、改めて所在調査をする必要がなく、その後の返還命令手続への移行もスムーズにできる。
|